AIは近年、翻訳業界で注目を集めているテクノロジーです。
確かに、有効に使えば人の手による作業を大幅に減らす(もしくは完全に排除する)ことが可能です。
言語ペアの組み合わせによっては、人の手を一切借りずにAIのみで翻訳が完結してしまう段階に近づいているようです。
一方、日本語と英語のペアを取り扱う翻訳者の多くがAIツールを嫌がっています。
興味深いのは、AIツールを嫌がっているのは実際に翻訳作業を行う翻訳者だけで、翻訳会社はAIツールを続々と導入している、という傾向です。
1. AIの普及で翻訳の仕事は減らない
日本語と英語を取り扱う翻訳者がAIを嫌がっている理由は、AIに仕事を奪われてしまうからではありません。AIのために生産性が落ちるからです。
グローバル化が進み、多様な形態のビジネスが世界中で拡大し、国家間のやり取りも引き続き活発に行われているため、翻訳の需要は年々増加しています。そのため、どれだけAIの開発が進んでも、今後数年以内に人間の翻訳者が不要になるという事態はまず考えられません。
翻訳者がAIを嫌がっている理由は、AIで一次翻訳した文章のレビュー案件が増えているからです。
AIで一次翻訳した文章のレビュー案件が翻訳者の間で不評な理由は、AIが生成する文章は文法的には完璧であるため、とんでもない誤訳を見逃しやすくなるからです。一から人間が翻訳した場合には絶対に生じない誤訳が文法的に完璧な文章にちりばめられており、こういう誤訳は人間の脳で直感的に見つけにくいのです。
2. AI翻訳を過信してはいけない
AIはまだ駆け出しの段階なので、まだまだ開発の余地があります。
筆者も、AI翻訳には大きな可能性が秘められていると思っています。
しかし、現段階では、AIで生成された日英・英日翻訳を過信するのはリスキーです。
筆者が今まで目にした誤解を招くAI翻訳(日本語から英語)には、以下の言葉が入っていました。この例は、英語から日本語への翻訳では問題とならないことがほとんどなのですが、日本語から英語の場合は誤解に繋がる可能性が大いにあります。
必要です – required
各 – each
一旦 – once, for now
確認する – confirm
上記をはじめとする言葉は、文脈だけでなく、文書が使用される国の文化や法体系を踏まえて訳出する必要があります。
原文のメッセージとは異なる意味の言葉が正確な文法で訳文に組み込まれていると、とんでもない誤解に繋がる場合があります。上記のような一見正確な誤訳が英文に入っている場合、単語だけを書き換えて正しいメッセージに直すことは、ほぼ不可能です。
したがって、翻訳者はAIが生成した誤訳に引きずられるのを防ぐ為、文全体を消去して一から翻訳し直すことになるわけです。これが、AIツールに頼るプロジェクトは非生産的と翻訳者が感じる理由です。
近年、AI翻訳のポストエディットを激安の料金で人間に依頼する会社が増えています。腕の良い翻訳者はAI翻訳特有の問題を原因とする非効率な仕事を避けるため、ポストエディットに携わる翻訳者は他に仕事がない人ばかりになる可能性があります。その結果として、訳文の質に問題が生じるのでは、と筆者は思っています。つまり、文法的には美しく読みやすい文章でも、原文のメッセージから乖離している訳文が増えるのではないか、ということです。