英語圏に長期間住んでいる日本人翻訳者(英→日)には、原文読解が得意な人が多いと思います。
日常生活に関する情報を、日系の情報媒体に頼らず現地のメディアから積極的に得ていればいるほど、時事に関する内容が英文ですんなり頭に入るようになります。
ただこれは、英文読解や英文ライティングには役立つのですが、どうも英日翻訳者にとっては大きな落とし穴になり得るかもしれない、と感じさせる一件に最近遭遇しました。
Dr. 会社員は最近、自分が今住んでいる国の自治体が発行した、新型コロナウイルスに関するお知らせの翻訳の校正を依頼されました。
過去の投稿でも書きましたが、Dr. 会社員は諸々の理由で翻訳チェックの仕事は基本的には受けていません。
ただ、今回依頼を頂いたクライアントとは長いお付き合いで、信頼関係が築けていたことから校正の案件をお受けしました。
問題の訳文には、英語圏での在住歴が長い日本人の英日翻訳者にありがちな問題が満載でした。
自分自身にとっても、他の現役翻訳者にとっても、そして翻訳家を目指している人にとっても参考になる事例なので、今回の投稿で共有します。
目次
丸ごとカタカナ表記
英語の言葉を丸ごとカタカナで表記しただけという翻訳は、今回の案件に限らず割と頻繁に見かけます。
特に新型コロナウイルスに関して、
コービッド 19
と書いてあったり
ソーシャル
ディスタンシングを
維持して…
と書いてあったりするケースが散見されるのですが、英語の原文をカタカナでそのまま表現してしまうのは、プロの翻訳家としては基本的に禁忌でしょう。
日本語の定訳があるかもしれないと感じたら、面倒でも調べる必要があります。
定訳がない場合でも、想定された読者がカタカナで表記された訳語を簡単に理解できないと思われる場合は新しく訳を創るか、意訳の後に括弧書きで原文を入れておくといった配慮が必要です。
上記で「基本的に」と書いたのは、カタカナで表記すべき言葉ももちろんあり、翻訳文のジャンルによっては、カタカナを多用することが好まれる場合もあるからです。
ただ、今回の場合は自治体が一般の住民に向けたお知らせです。
できるだけ平易な言葉でカタカナを多用するのは避けた方がよいタイプの文書です。
なぜなら、想定される読者の年齢やバックグラウンドが多岐にわたるからです。
よって、自治体のお知らせで「新型コロナウイルス」を「コービッド19」と表記するのはお勧めできません。
英語圏での生活が長くなると、日本人同士の会話でも現地の言葉をカタカナで表記したり発音したりするだけで通じてしまうので、勢い余って上記の様な翻訳になってしまったのだと察します。
日本国内でもコービッド 19 が何かが分かっている日本人はたくさんいる一方、日本人向けに書かれた文章で
コービッド 19 のパンデミックが
収束の気配を見せず、
人々はソーシャルディスタンシングの
維持の徹底が…
と訳してはいけません。
Dr. 会社員、今回の一件とは別に「social distance」という言葉には、英語でも日本語でも違和感を感じています。何故「physical」でなく「social」な距離を保つ必要があるのか。
Social distance を維持すると、電話や SNS 上でのコミュニケーションも控えることになるのでは?と感じています。
顔を覆うことを確実にしましょう???
これから説明するのは英語圏での生活とは無関係で、文法上の問題です。
Ensure the use of face coverings.
をどう訳すか。
Dr. 会社員が校正を依頼された訳文には
顔を覆うことを
確実にしましょう。
と書かれていました。
「Face coverings」を訳す際に以下の二点に気を付ける必要があります。
- 品詞(今回の文書で使われていた「face covering」は名詞)
- 医療用マスクの代替品を指している
英語の「face coverings」は、顔を覆う際に使用する医療用マスクの代替品を指す名詞です。
英語圏では日本と違って医療用マスクの代わりにバンダナを顔に着用したり、宗教上特定の衣類を身に付けたりする人が多数います。
そのため、「face masks」ではなく「face coverings」が原文で使用されていたのでしょう。
コービッド 19 の感染から身を守るため、
ソーシャルディスタンスを徹底し、
顔を覆うことを確実にしましょう。
上記の日本語は不自然すぎます。
日本人が読む文章は以下の様に表記する必要があります。
新型コロナウイルスの感染から身を守るため、
人同士の距離を確保し、
マスクをきちんと着用しましょう。
上記は一例で、可能な表現は多岐にわたります。