翻訳で生計を立てることを真剣に考えたことがある人、もしくは現在翻訳業に携わっている人のほとんどが、翻訳支援ツール「Trados Studio」の名前を耳にしたことがあるはずです。
以前はSDL社が販売していましたが、同社がRWSに買収されたので、今はRWSの製品になっています。
販売元が変わっただけで、ツールの内容はほとんど変わりません。
アップグレードが度々行われ、クラウド機能も拡張し続けているようですが、Dr. 会社員は使用していないので、その辺はよく分かりません。
Dr. 会社員は15年くらい前にトラドスの競合「WordFast」の無料バージョンを自分のパソコンにインストールしてたまに使っていました。
5年ほど前に完全に独立して翻訳業を営むようになってから、自分がクライアントを選べるようになりたかったので事業投資の目的でTradosを購入しました(翻訳ツールを使えない翻訳者はお断り、という会社が割とあるため)。
購入した結果、翻訳業界で使用されているテクノロジーの知識が深まった気がします。
トラドスを買ったおかげで仕事が増えた、という流れにはなっていませんが、テクノロジーの知識が(たぶん)深まったのでクライアントから使用するよう指示されるツールは比較的すんなり理解できるようになりました。
市場に出回っているツールの多くは、トラドスをベースに開発されているのかもしれません。
また、Tradosを使用すると、使用していない時より30%ほど作業効率が高まるかな、と感じます(データを取って分析したわけではないので、あくまでも主観です)。
Tradosは高額ですが、それなりにメリットはあります。
しかし、デメリットもあります。
なので、本ブログで何度か述べたとおり、「あれば良いが、なくても良い」ツールだとDr. 会社員は思っています。
目次
【デメリット1】ツールに依存
Tradosのレイアウトや機能に慣れ過ぎてしまうと、Tradosを使用しない(できない)場合の作業効率が落ちます。
Tradosデビュー前より落ちるかもしれません。
Dr. 会社員は文書をスキャンした日本語データを英訳する仕事を頻繁に受注します。
この仕事では、ソースドキュメントがPDFで納品物はMS Wordとなります。
PDFに表示されている文字は画像として表示されており(コピー&ペーストできない)、手書きの文字もあるので、高度なOCRツールを使ってもぐちゃぐちゃになります。
そのため、モニター2台の片方ずつでファイルの内容を表示し、見比べながら訳します。
Dr. 会社員はかなりの数の専門用語をTradosの単語帳(Termbase)に登録しているので、Tradosを使うときは自分の記憶力を使わずTermbaseに完全に依存しています。
そのため、
Tradosばかり使用し続けると
記憶力が(一時的に)低下します。
突然PDFとWordだけで翻訳作業を進めることになると、用語のスペルを思い出せずなかなか進展しません。
四苦八苦しているうちに脳みその使い方を思い出すので今の所は大丈夫ですが、年を取ったらどうなるか分かりません。
Dr. 会社員は何らかの理由でTradosが恒久的に使用できなくなった場合に備えて、TermbaseをExcelにエクスポートしてバックアップを作ったり、Tradosとは全く関係ない別のツールを使った単語帳も予備で作ったりしているので、PDFとWordで作業する時はこれらのツールを使っています。
また、Tradosを購入すると、「MultiTerm Widget」というウィジェットも併せてダウンロードでき、このウィジェットからTermbaseファイルを開いてglossaryとして使用することもできます。
これはなかなか便利です。
しかし、たまに動作不良が発生します。
数年前のバージョンでは、クラッシュ後に永久に使えなくなりました。
アンインストールしてインストールし直せばまた使えたのかもしれませんが、「もういいか」という気持ちになり、当時はそのまま放置してしまいました。
【デメリット2】日本語が苦手
何と、Tradosは日本語の取り扱いが苦手なようです。
これは日本語を使う翻訳者にとって致命的なデメリットです。
Dr. 会社員は5年程Tradosを使いまくっています。
この5年間で、Termbaseが原因と思われるトラブルがかなり頻繁に発生しました。
単語を認識しなくなったり、Studioをクラッシュさせまくったり、といったトラブルです。
とにかく色々とやらかしてくれますが、プロジェクトにリンクしているTermbaseを外せば大抵の問題はあっという間に解決します。
しかし、Termbaseなしで訳す場合、Tradosのメリットはかなり限られます。
もちろん、繰り返しの表現を訳す場合は非常に便利です。
Dr. 会社員は繰り返しの表現をメモリに頼るよりも、長い専門用語を毎回タイプしなくてよいTermbaseの方に価値を置いているので、Termbaseが使えないのは相当な痛手です。
翻訳業に長年携わっていると、
手を動かしすぎて
腱鞘炎を起こす可能性があります。
そのため、「手を動かす頻度を減らせる」というのは、Dr. 会社員がトラドスに見出している最大のメリットです。
つい最近(2024年3月)、Tradosのメジャーなアップグレードがありました。
この最新版がかなり曲者で、日本語の単語が一切自動で*認識されなくなっています。
* 手動で検索することはできますが、手間と時間がかかり非効率的です。
ただ、Termbaseの認識機能(Term Recognition)以外は全て正常なので、glossaryが不要な人は今まで通り問題なく使えるはずです。
ネットで色々と調べたところ、日本語だけでなく中国語やその他non-Western言語でも同じ問題が発生している様で、現在RWSが調査中とのことです。
Dr. 会社員は、修正版が出るのを待つか、ダウングレードするか、悩んでいるところです。
【デメリット3】日本語の情報が限定的
Tradosの使い方や製品情報は、ほぼ全て英語で発信されています。
日本語でもある程度出回っているのかもしれませんが、英語の情報量が日本語を圧倒的に上回ります。
しかも、日本語の情報は恐らく英語の和訳なので、オリジナルの英語を見た方が正確です。
翻訳者の自分がこんなことを言ったら身も蓋もありませんが、世の中に出回っている和訳の半分くらい(もしくはそれ以上)は内容に何らかの問題を抱えているとDr. 会社員は感じています。
文法上は間違っていなくても日本語が外国語みたいに書かれていて何が言いたいのかよく分からない和訳が非常に多い。
日本語がきれいに書かれていても原文と意味が違っている和訳もたまに目にしますが、これは少数派です。
因みに、英語スピーカーは、日本人が「トラドス」と呼んでいるツールを“Studio”(または“Trados Studio”)と呼んでいます。
“Trados”と呼ぶ人はほとんどいません。
そのため、使用方法や関連情報を英語でオンライン検索するときは、“Studio”の文字を入れた方が効率よく情報を集められるはずです。
まとめ
今回の投稿では、トラドス(Trados Studio)の致命的な弱点をいくつか挙げました。
Tradosは何かと便利なツールですが、課題もそれなりにあります。
特に、日本語をはじめとするアジア言語との相性は残念ながらあまり良くないようです。
ただ、翻訳ツール業界の競争は年々激化しているので、RWSもアジア言語への対応に力を入れているはずだとは思います。
また、「機能が多すぎて複雑」、「インターフェイスのフォントが小さすぎて読みにくい」、というのもデメリットかもしれません。