Dr. 会社員は英語と日本語のペアでしか翻訳の仕事を受けていないので他の言語ペアのことは分かりませんが、このペアに限って言えば、珍訳が日々大量に生産されています。
先日も、長い付き合いのプロジェクトマネージャーから、「とんでもないことになった可能性がある和訳を見てほしい」と頼まれました。
彼女は日本語を解しない方なので、何となく嫌な予感がしたのか、もしくは、ソースクライアントから苦情を受けたのでしょう。
全6ページの文書にざっと目を通したところ、翻訳は一応「正確」であることが分かりました。
ただ、和訳で書かれている日本語が、とてつもなく「変」でした。
文法が間違っているわけではなく、余計な語が加えられたり必要な語が抜けていたりしているわけでもありません。
しかし、英語と日本語の翻訳では、原文に忠実過ぎる奇妙な訳文が大量に生産されています。
原文を正確に訳した文章が「珍訳」になってしまう理由と対策を以下で説明します。
目次
原文の文法を丸ごと維持
珍訳が生産される最も大きな要因は、恐らくこれです↓
原文の文法を、
訳出先の言語の文法に置き換えているだけ
つまり、原文のメッセージを理解せず、文法解析だけに頼って翻訳すると珍訳が生産される、というわけです。
これは、“Translation”ではなく”grammar-based language conversion”です。
日本語と英語のペアでは、徹底的な文法解析を原因とする珍訳が頻繁に発生しています。
その主な理由は、日本人が書く英文和訳や和文英訳のほとんどが、文法訳読法の息のかかった文章になっているからでしょう。
学校での試験も英語検定も、文法訳読法を徹底的にマスターすればかなり高得点が取れる仕組みになっています。
テストで高得点を取ることが目的なら、文法をとことんマスターすればよいわけですが、翻訳でそのアプローチは通用しません。
レストランを紹介する旅行ガイドの例を挙げると、
“Exploring new sites can make you hungry.”
が以下の様に和訳されていても、文法上は間違いでないので、試験ではOKとされることがよくあるのです。
「新しい場所の探索は、
あなたの空腹の原因となることがあります。」
しかし、一般的な日本語の旅行ガイドと同等の文体にしたいなら、
「初めて訪れる場所を観光しているうちに、
お腹も空くことでしょう。」
あたりの訳にする必要があります。
ここで、文法にこだわる必要はありません。
原文のメッセージを理解する
珍訳を防止するには、原文を読む際に文法にとらわれず、メッセージを理解するよう心掛けるのが有効です。
日本人が英語を和訳する際は、以下のステップで翻訳するのが効果的です。
- 原文の英文法に囚われず、メッセージを理解する
- ステップ1で理解したメッセージを、自然な日本語で表現する
上記の作業は、英語と日本語の文字ではなく、原文が表現しているシーンやコンセプトを頭の中に浮かべる感じで進めるのがコツです。
日本語を英語に訳す際のステップも、上記と同様です。
大切なのは、原文の文法や文字に囚われず、訳出時の表現を工夫して読者に分かりやすい文章を書く、ということです。
翻訳の究極の目的は、翻訳者が原文を理解できていると周囲にアピールすることではありません。
訳文を読む人が、原文のメッセージをできるだけ正確に理解できるような文章を書くことです。
まとめ
今回の投稿では、「珍訳が止まらない」をテーマに、英語と日本語を扱う翻訳のコツを説明しました。
冒頭の質問を送ってきた翻訳会社は、基本的にこの会社が事業登録されている国で有効な翻訳者の資格や翻訳の学位を取得している人にしか仕事を依頼しません。
つまり、ある国で広く受け入れられている資格を持っている人、あるいは翻訳に関する学位を持っている人が珍訳を書いていた、ということです。
過去の投稿でも触れたとおり、翻訳スキルは非常に評価が難しいのです。
現状では、「翻訳の資格や学位」と「語学検定」が切り離されておらず、翻訳の資格や学位は単に「語学検定の上級版」の様な位置付けになっているのかもしれません。