翻訳者とは一般的に、高度な技術と知識が必要であるにもかかわらず、関係者から何故か下に見られがちな職業です。
特に、この傾向は日本で強く見られます。
こんなに翻訳者の立場が低い国は、珍しいかもしれません。
Dr. 会社員は、自分の住んでいる国で翻訳者の立場が日本ほど低いと感じることはありません。
そのため、Dr. 会社員は、自分の取引先に日本人や日系組織(グローバル企業の日本支社など、常駐している日本人の担当者がいる所)をできるだけ入れないようにしています。
目次
日本では、未だに「客は神様」
英語から日本語への翻訳では、「クライアントは常に正しい」という、「お客様は神様」に準ずる妄信が未だに根強く残っています。
そのためか、翻訳者がきれいに訳した和訳を自分の好みでぐちゃぐちゃに書き換え、翻訳会社に文句を言う日本人のソースクライアントが割といます。
英訳が日本人のクライアントにぐちゃぐちゃに書き換えられることがないのは、ただ単に、彼らが英語を書けないからです。
Dr. 会社員は現在までの15年ほどで、English speakerのクライアントから英訳をぐちゃぐちゃに書き換えられたことはありません。
他人の文章をぐちゃぐちゃに書き換える人の多くは、質ではなく量ベースで「仕事してる」感に浸っているだけではないか、とDr. 会社員は思っています。
もしくは、別の投稿でも書いたように、翻訳者に八つ当たりして日頃の鬱憤を晴らしているのかもしれません。
翻訳者は超能力者ではない
上記の様な事態が発生した際、「お客様は神様」説を信仰している翻訳会社は、ソースクライアントからの苦情が合理的か理不尽かを客観的に判断できません。
できないのではなく、「したくない」のかもしれません。
こういう翻訳会社の担当者は、重箱の隅を楊枝でほじくったようなコメントや、「クライアントが書き換えた訳の方が自然で読みやすい」という、具体的な改善点が一切述べられていない無駄なフィードバックをよこしてきます。
翻訳者は超能力者ではありません。
したがって、ソースクライアントが気に入る言い回しや文体を予知することはできません。
また、翻訳者は人間です。
したがって、厳しい納期の中でプロの校正サポートも得ずに完璧な文章を一発で書き上げることは不可能です。
有名な作家ですら、数回の校正・校閲を経て作品を出版しています。
人知を超えた能力を翻訳者に期待することが狂気の沙汰であるという現実を直視できないクライアントに遭遇する確率が、英語から日本語への翻訳では高めです。
また、翻訳に限らず、文章には個人的な好みやスタイルがあります。
どれだけ有名な作家や学者であっても、回りくどい言い回しや、理解に苦しむ表現を使っていることがあります。
Dr. 会社員は遥か昔に小説の校正の仕事をしたことがあります。
その際、「先生の作品には独自のスタイルがあるので、明らかな誤記や内容の完全な重複以外は、できるだけ直さないでください」と関係者から事前に指示を受けました。
もちろん、翻訳者は売れっ子作家ではないので、クライアントから好みで訳文をいじくられることに、ある程度は目をつぶる必要があるでしょう。
しかし、何事にも限度というものがあります。
日本人は我慢が美徳と信じている人が多いためか、傍若無人が目に余るクライアントや翻訳会社(大手の翻訳会社であれば、担当のチームや部署)に翻訳者がひたすら耐えているシーンをよく目にします。
ただ、フリーランスで翻訳業に携わっているなら、こういう理不尽な対応に我慢しなくてもいいのでは、とDr. 会社員は思っています。
モンスタークライアントからいつでも逃げられるのが、フリーランスならではの強みであるということを、忘れてはいけません。
実際、Dr. 会社員は、どう考えても理不尽だと考えられる待遇を一度*でも受けた取引先(翻訳会社、プロジェクトマネージャー、ソースクライアント)は、容赦なく切っています。
* 稀に、二度まで我慢することはあります。
理不尽な批判をぶつけてくるモンスタークライアントとは、合理的で建設的な話し合いができません。
モンスタークライアントに対して誠意を尽くせば尽くすほど、事態は必ず悪化します。
単刀直入に表現すると、こういう相手に時間を割くことは人生の無駄、ということです。
まとめ
今回の投稿では、「クライアントは常に正しい」という考えは誤謬、とDr. 会社員が考えている理由を説明しました。
自分のレベルを相手に落とす必要はありません。
作家のMark Twainも同じことを言っています。
“Never argue with an idiot. They will drag you down to their level and beat you with experience”
相性の悪いクライアントを切ることは、「断捨離」の様なものです。
無駄なものを排除すれば、
良いものが入ってくるスペースが
生まれます。
翻訳に限らず、人生とはそんなもの、とDr. 会社員は思っています。