Dr. 会社員は本ブログを通して、翻訳の決め手となるのは訳出先の言語での記述力だと繰り返し力説しています。
しかし、いくら訳出先の言語での記述力が決め手とはいえども、原文の読解力も同程度に重要かもしれない、とDr. 会社員は最近思うようになりました。
目次
記述力と読解力は直接比較できない
訳出先の言語での記述力と原文の読解力は異なる次元のスキルなので、直接比較することはできません。
牛肉と豚肉、どちらが大切か?という問いにあまり意味がないのと同じです。
どっちも大切です。
確かに、訳出先での記述力が翻訳の品質の決め手となることは間違いないでしょう。
その一方で、誤った解釈に基づく訳文は翻訳としての役目を果たしません。
ただ、読み違いにも様々な度合いがあるので、「ちょっとした勘違い」や「たまたま言葉が出てこなかった」程度なら、全体的にきれいな訳文が書けていればさほど大きな問題にはなりません。
ただし、数字の勘違いは例外です。
文系出身者は数字を軽視する傾向があるので、注意が必要です。
翻訳スクールや同業者によるチェックなどでは、メッセージに影響しない言葉のチョイスや訳抜け(読みやすさを維持するために翻訳者が意図的に訳していない場合であっても)を厳しく追及されます。
しかし、実際に仕事を依頼するソースクライアントは、原文が一言一句翻訳に詰め込まれることよりも、原文のメッセージがきれいな日本語で再現されることを重視しています。
つまり、原文を読んだ人と訳文を読んだ人の間に認識の差が生じないことが大切なのです。
これは、過去の投稿でも触れたように、実際の現場で求められている翻訳像と、翻訳学習メソッドが理想とする翻訳像のギャップでしょう。
例を挙げます。
「Let’s go up to the observatory and enjoy watching playful seagulls flying around in circles up in the sky」という観光ガイドの原文があるとします。
そして、この原文が「高台まで行って、頭上で楽しそうに弧を描きながら飛ぶカモメを眺めましょう」(訳例1)と訳されているとします。
原文を一言一句忠実に訳しておらず、「高台」が原文の「observatory」に一致するかどうか微妙ではありますが、この訳が大きな問題に繋がる可能性は限りなく低いはずです。
もっと原文に忠実に、「展望台まで上って、弧を描きながら上空を飛ぶ遊び心溢れるカモメの観察を楽しみましょう」(訳例2)と訳しても構いません。
「訳例1」と「訳例2」、どちらも原文の読み違いはありません。
原文の読み違いとは、「seagull」が「ハゲタカ」、「seagulls flying around in circles」が「輪を形成しながら上空を舞う複数のカモメ」となるような場合を指します。
嘘のような例に見えるかもしれませんが、「ハゲタカ」はないにしても、「輪を形成しながら上空を舞う複数のカモメ」の様な読み間違いによる誤訳は、実際に度々目にします。
なお、強いて言えば、「訳例2」の「遊び心溢れるカモメ」とか「観察を楽しみましょう」は間違いではないものの、かなり「翻訳感」に満ちています。
実際の翻訳の現場では、この様な訳を納品するとクライアントから高確率でクレームが来ます。
これは、訳文の記述力が不足している場合に生じる問題です。
読み間違いは癖かもしれない
原文をよく読み違える人は、外国語だけでなく母国語でも頻繁に文章を読み違えている傾向があります。
つまり、日本人で英語をよく読み違える人は、日本語を読んでいる時も勘違いしていることが多い、ということです。
これは、文法の知識の多寡とはほぼ関係なく、癖が原因であることがほとんどです。
原文の読み違いによる決定的な誤訳を防ぐには、「自分は思い込みで文章を解釈しているかもしれない」と自覚を持つ必要があります。
また、訳した後に暫く時間を置き、自分が書いた内容を一度忘れてから納品前の最終チェックをするのも効果的です。
訳文を読み直している際に「なんか変な論理展開だ」と感じたら、その訳は恐らく誤訳です。
また、母国語でのライティング力を徹底的に高めると、読み間違いが減るとDr. 会社員は自分の経験上感じます。
まとめ
今回の投稿では、翻訳の質の決め手となるのは訳文の記述力である一方、原文の読解力も軽視してはいけない、という考えを説明しました。
確かに、翻訳業界で見かける珍訳は、原文が理解できているにもかかわらず、訳出時の表現がヘンテコなために生産されたものがほとんどです。
その一方で、訳文の表現に問題はないものの、原文を完全に読み違えているものを度々見かけるのも事実です。
本ブログに対して頂いたご意見の中にも、「Dr. 会社員の意見には反対」として、「私はXXXと思います」と、「XXX」の部分に本ブログで何度も説明している内容がそのまま書かれていたものがあります…。
まあ、人間は間違える生き物なので、仕方がないことかもしれません。
Dr. 会社員も、当然間違えます。