翻訳家になりたい、と思う人の90% 以上は、得意な語学を生かして仕事がしたいと考えている方でしょう。
専門知識や業界経験が豊富だから、まあまあ得意な語学を生かして翻訳でもやってみようか、という人は稀です。
しかし、翻訳家になりたい人のほとんどが上記である一方、実際に翻訳業界でそれなりの収入を得ている人のほとんどは後者です。(通訳には当てはまりません。なぜなら、書き言葉の翻訳と話し言葉の通訳では、求められる訳の性質が異なるからです。)
特に、英語が得意、あるいは英語が好きだから英語の翻訳ができると思っている人が、翻訳業界のワーキングプアに陥るリスクを最も抱えているグループです。
翻訳の案件にはもちろん、一般的な内容のものもたくさんあります。しかし、一般的な内容でまともな案件は、専門分野を持っている翻訳者が、手が空いた時に受注しているというのが現状です。
つまり、ある程度の収入を翻訳で得ようと考えるのであれば、英語力は差別化に使えない、ということです。
目次
大量生産+激安のサイクルにハマるな
過去の投稿でも触れましたが、大量生産型の案件ばかり受けていると、時間当たりの収入がかなり少なくなり、翻訳界の「一握の砂」状態となります。
しかも、専門がはっきりしない翻訳者に手あたり次第仕事を振る翻訳会社は、レベルの高いチェッカーを備えていない場合がほとんどです。よって、翻訳者が生産性の高いフィードバックをもらう可能性も低くなります。
専門性が低い量産型翻訳の場合、案件を打診されるまでのハードルが低いので、翻訳初心者でも比較的簡単に入り込める領域です。
「何でも屋」の翻訳者として登録する際のトライアルは、英語のひっかけ問題のような内容が多く、中には選択式のテストを採用しているところもあり、そのため、英語で自分を差別化しようとしている人が多数登録する結果となるのでしょう。
しかし、量産型翻訳の案件が入ってくるたびに飛びついて受注してしまうと、スキルの向上+年収アップが遠ざかります。
主な理由は以下の通りです。
- 専門性を問わずなんでも案件が回ってくる(学術論文や契約書からタトゥーの文字やオンラインゲームのアイテムリストまで)
- 案件の取得が早い者勝ちなので、自分が得意な分野かどうかを吟味して受注できない
- 単価が低い
それぞれの理由について以下で詳しく説明します。
知らないジャンルの翻訳には時間がかかる
自分が詳しくないジャンルの内容を翻訳するのには時間がかかるので、時間当たりの収入が減ります。
しかも、納期に追われてリサーチを怠ると変な翻訳を生産することになり、納品後に直しを依頼されることにもなりかねません。そうなると、時間当たりの収入がさらに減ります。
直しのチャンスをもらえればまだ良いですが、翻訳会社は大抵他にも翻訳者を多数プールしているので、変な翻訳を納品していると声がかからなくなります。
翻訳を志す人であれば、知らないジャンルの文章を英語で読んで内容を理解することはできるはずです。しかし、そのジャンルに通じた読者が違和感を覚えない日本語で訳文を書けるかどうかは、また別の次元の問題です。
読み手に伝わる日本語を書く能力
と
複雑な文章を理解する英語力
は別物です。
母国語で自然に表現できないジャンルの翻訳案件は、手あたり次第受けないことが賢明でしょう。
受注前に案件を吟味する
大勢の翻訳者に一斉に通知されて、早い者勝ちで受注が決まるタイプの案件は、秒速で反応しないといけないので危険です。
翻訳の案件を打診されたら、以下の点を考えてから受注を決めないと後で苦労するリスクがあります。
- 原文が理解できるか(文章の巧拙も含め)
- 自分が自信を持てるジャンルか
- 時間当たりの予測収入は妥当か
大変な割に儲からない
激安の案件でそれなりの収入を得ようとすると、ものすごいスピードで翻訳をしなくてはなりません。
単価が5円/ワードの案件があったとします。これを一時間500ワードでこなした場合、時間当たりの収入は2500円ということになります。
ここでいう「こなす」とは、納品前の見直し、誤字脱字の確認も含めます。
自分が得意なジャンルであれば一時間で500ワード処理できるかもしれませんが、知らないジャンルであれば、リサーチに時間がかかるため、時間当たりの収入がどんどん下がっていきます。
激安の案件は前述の通りジャンルを問わず何でも振られるので、
秒速で受注
↓
内容の理解に時間がかかる
↓
適切な訳語を見つけるのに時間がかかる
↓
焦る
↓
翻訳の質が落ちる
というステップを経ることになります。
さらに、チェッカーがいい加減に選ばれていると非生産的で批判的なフィードバックが送られてきます。
この流れにハマると、翻訳は大変な割に儲からない、という結論に落ち着くことになります。
翻訳者に専門分野は必要かどうか、ということについてはあちこちで議論されています。最後に決めるのは自分ですが、翻訳業界に既にいる人たちの話は参考になると思います。2008年と少々古い内容ですが、ProZ.comで議論されています。
Wikipediaにも「Specialized translation」として関連情報が載っているので、翻訳でキャリアを積みたいと真剣に考えている人は一読の価値があると思います。